
よくある英文講読の授業の一コマ。
私「はい、じゃぁAさん、次のセンテンスを訳してください。”James I became the first English king of the Stuart dynasty.” 」
A「わかりましたー、えっと、『ジェイムズ1世はステュアート朝で初めてのイギリス国王となった』ですね!(キリッ)」
私「んー、まぁ、だいたい良いですね。でも、一箇所かなり直したいところがあるんだけど、どこかわかります?」
A「え、間違ってるんですか。うーん、わかんないです。」
私「なるほど。Aさんは、English/Englandは『イギリス』と訳すでOKだと思いますか?」
A「え、ダメなんですか?」
これ、本当に結構あるあるの授業風景の一コマです。
Aさんの最後の問いに答えるとすると、「はい、実はダメなんです」が実際の返事になります。
どうしてこれがダメなのか、今日はその理由を、あれこれエピソードを付け加えながら解説していきます。
✔︎ 本記事のテーマ:
「イギリス=イングランド」ではない、ということを掘り下げて考えてみる。
✔︎ 本記事のフローチャート:
- 「イギリス=イングランド」ではない
- イギリスの多様性
- 「イギリス=イングランド」となる日が来る?
こんな順番で解説していきますね。
1. 「イギリス=イングランド」ではない

先に結論から述べてしまうと、イングランドはイギリスの一部ですがその全体ではありません。
もう少し具体的に言うと、イギリスという国家(state)は、4つの国(four nations)から構成されていて、イングランドはその4つの国のうちの1つにすぎないということです。
その4つの国は以下の通りです。
- イングランド
- ウェールズ
- スコットランド
- 北アイルランド
これら4つの国が連合した王国がイギリスということになります。
ですから、イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」(the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)という長い名前になります。
英語での略称は”UK”が正確ですが、頻繁に”Britain”も用いられます。
Aさんの最後の質問に戻ると、私はこう解説することになります。
- “England”は「イングランド」と訳しましょう。つまり「ジェイムズ1世はステュアート朝で初めてのイングランド国王となった」が正確な訳です。
- ちなみに、「イギリス」を英語に直したいなら、”England/English”ではなく、”UK”か”Britain/British”にしましょう(”GB”というのもありえます)。
このあたり、もう少し深掘りしてみましょうか。
以下がイギリスの地図です。

4つの国ごとに基本情報をまとめると以下の通りとなります。
なお、イギリス全体の人口は6667万人で、日本の約半分です。
国名 | 人口 | 面積 | 首都 |
イングランド England | 5,561万人 (UK内83.4%) | 130,281 ㎢ (UK内53.7%) | ロンドン London (817万人) |
ウェールズ Wales | 312万人 (4.7%) | 20,732 ㎢ (8.5%) | カーディフ Cardiff (33.5万人) |
スコットランド Scotland | 542万人 (8.1%) | 77,925 ㎢ (32.1%) | エディンバラ Edinburgh (45.9万人) |
北アイルランド Northern Ireland | 187万人 (2.8%) | 77,925 ㎢ (32.1%) | ベルファスト Belfast (28万人) |
イングランドが人口的にも面積的にも一番大きいですね(特に人口)。存在感を考えると、確かにイギリス=イングランドと言いたくもなります。
ロンドンが飛び抜けて大きな都市であることも目を引きます。イギリスには人口100万人以上の都市はロンドンとバーミンガムしかないのですが、バーミンガムの人口は100万ちょっとなので、ほんとにロンドンはby farという感じで最も大きな都市です。
でも、4つの国それぞれに首都(capital)があって、のちに見るように、政治・経済・文化いろいろな面で独自性があるということも見逃せません。
どのように、これら4つの国々が合同(unite)して一つの国家(state)にまとまっていったのかについて簡単に整理しておきます。(理由や背景を説明しだすととても長くなるので、事実だけ端的にお伝えしますね。)
- 1536年:イングランドとウェールズが合同
- 1707年:イングランド・ウェールズとスコットランドが合同。これにより、「グレートブリテン連合王国」(United Kingdom of Great Britain)が誕生(→ ここで一応「イギリス」という国家が出来上がったと考えてよいです)。ちなみに「グレートブリテン」とは、イングランド・ウェールズ・スコットランドがある大きな島のことを言います(上の地図参照)。
- 1801年:グレートブリテン連合王国とアイルランドが合同。
- 1922年:アイルランドの北東部のみがUKの中に残り、残りの大きな南西部の地域は独立した自治領となる(なお、南西部は1949年にイギリス連邦からも離脱し共和国Republic of Irelandとなります)。
「イギリス」の定義は歴史的に変化してきた、ということがよく分かりますね。
イギリスが現在の形になってから、実はまだ100年もたっていません(再来年の2022年に100周年です)。
なお、イギリスの国旗(ユニオン・ジャック、あるいはユニオン・フラッグ)は、イングランドの国旗・スコットランドの国旗・アイルランドの国旗が合わさってできたものです。

【註】イングランドとスコットランドの国旗が合わさった「初代ユニオン・フラッグ」ができたのが1707年ではなく1603年であるのは、この年にスコットランド 王ジェイムズ6世がイングランド王を兼ねることになったからです。「ヴァージン・クイーン」エリザベス1世が子どもを残さず死去したため、遠縁にあたるスコットランドのスチュアート家のジェイムズがイングランド国王になりました(→冒頭の英文はこのことを言っています)。彼はスコットランドではジェイムズ6世と呼ばれましたが、イングランドではジェイムズ1世と呼ばれました。イングランドで初めての「ジェイムズ」という名の国王だったからです。このときはまだイングランドとスコットランドは統合・合同(unite)されずに、別々の国家ままです。つまり、一人の国王(ジェイムズ1世/6世)が、別々の国家(イングランドとスコットランド)を統治しているという状態です。こうしたことは、現代では非常に考えにくいことですが、当時のヨーロッパ社会ではありふれていました。
「ユニオン・ジャック」の中にウェールズが入っていませんね。
ウェールズの国旗は以下の通りです。

ウェールズのドラゴンのモチーフはcoolだし、そもそもウェールズも4 nationsの一つなのだから国旗に入れるべきという意見はあるにはあるのですが、いまだ実現していません。ウェールズが比較的マイナーであるがゆえに軽視される傾向にあることが示唆されています。
2. イギリスの多様性

イギリスを構成する4つの国には様々な面で独自性があります。これがイギリスの多様性を形作る要因の一つとなっています。
ここでは、議会(政治)・銀行(経済)・スポーツ(文化)を例に、イギリスの多様なあり方を確認していきましょう。
1)議会
ロンドンのウェストミンスターという地区にイギリス議会(British Parliament)があります。しかし、1998年に、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにもそれぞれ独自の議会を設置することが法律で定められました(devolution「権限移譲」と呼ばれます)。これにより、3つの国々は、内政にかんする大幅な自治権を獲得することになりました。
つまり、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドはそれぞれの仕方で、自分たちの国のことについて自分たち自身で決められるようになったというわけです。こうした状況は各国の独自性を支える一つの柱になっています。
ちなみに、イングランドにだけイングランド独自の議会がないことを不公平だと考える人もそれなりの数います(ロンドンにあるイギリス議会はイギリス全体のことを考えるためのもので、イングランドの案件にのみフォーカスしているわけではありませんから、こういう意見が出てきてもおかしくはありません)。
2)銀行
紙幣発行をすることができる銀行がイギリスには8つもあります(日本は日本銀行だけですね)。8つの銀行は以下の通りです。
- Bank of England(イングランド銀行)
- Bank of Scotland(スコットランド銀行)
- Royal Bank of Scotland(スコットランド王立銀行)
- Clydesdale Bank(クライズデイル銀行)*スコットランド
- Bank of Ireland(アイルランド銀行)
- Ulster Bank(アルスター銀行)*アイルランド
- First Trust Bank(ファースト・トラスト銀行)*アイルランド
- Danske Bank(ダンスケ銀行)*アイルランド
イギリスの中央銀行はBank of Englandですが、その他にスコットランドの3つの銀行とアイルランドの4つの銀行も、イギリス全体で使うことができる紙幣を発行しています。デザインもそれぞれ異なります。
Bank of England以外の紙幣をイングランドで使おうとした場合、ときどき「何これ」という顔をされることがありますが、使えることは使えます(でもまれに受け取りを拒否されるなど、本当に使えないときがあります…)。
なお、日本円と交換可能な紙幣はBank of Englandの紙幣のみです。換金のときにはご注意ください。
3)スポーツ
オリンピックはUKの4つの国がまとまって1つのチームになりますが(”Team GB”とも呼ばれます)、そのほかの多くのスポーツの大会には、4つの国々はいろいろなヴァリエーションでチームをつくって出場します。
代表的なスポーツ大会を例に、簡単に表にまとめてみました。
England | Wales | Scotland | Northern Ireland | Republic of Ireland | |
Olympics | GB | GB | GB | GB | Ireland |
Cricket | England & Wales | England & Wales | Scotland | Ireland | Ireland |
Rugby | England | Wales | Scotland | Ireland | Ireland |
Football | England | Wales | Scotland | Northern Ireland | Republic of Ireland |
オリンピックでは、イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドで1チームになります。アイルランド共和国はこれとは別のチームです。
しかし、クリケットでは、イングランドとウェールズはまとまって一つの合同チームをつくりますが、スコットランドは独立して1チームを形成します。また、北アイルランドとアイルランド共和国は(ほんらいは別々の国家なのに)まとまって1つのチームになります。
ラグビーでもアイルランドのチーム編成の仕方は同じです。しかし、イングランドとウェールズは別々のチームとなります。
サッカー(イギリスだとfootball)はもっと複雑で、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド、アイルランド共和国は別々のチームとして出場することになります。
場合や状況に応じて、4つの国それぞれの独自性が強調されていることがよくわかりますね。イギリスと言ってもとっても多様なのです。
3.「イギリス=イングランド」となる日が来る?

以上、「イギリス=イングランド」ではない、というお話をしてきました。でも、まだまだ遠い未来の話ですが、もしかしたら「イギリス=イングランド」となる日が来るかもしれません。
というのも、近年ウェールズ、スコットランド、北アイルランド(あるいはアイルランド全体)はイングランドと自分たちは違うのだという主張を強めてきているからです。1998年にウェールズ、スコットランド、北アイルランドに議会が設置されたことは、イギリス内のダイヴァーシティ(diversity, 多様性)を考慮した措置であったと言えます。しかし一方で、これは、ロンドンのイギリス議会でなんでもかんでも決めてもらったは困るという意見の反映でもありました。
イギリスという国家を単位とするデモクラシーよりも(あるいはそれと同じくらい)、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという国を単位とするデモクラシーが重視され始めたのです。
特にこうした動きが顕著であるのがスコットランドです。
スコットランドでは2014年に、イギリス(UK)から独立するかどうかを問う国民投票が行われました。結果は「イギリス内にとどまる」という意見が多数となり独立とはならなかったのですが、独立賛成45%・独立反対55%とその差は非常にわずかでした。
スコットランドでは、「スコットランド 国民党」(Scottish National Party, SNP)というスコットランドの独立を目指している政党がスコットランド議会の多数を占め政権を握っています。イギリス議会にも議員を送り込むことに成功していて、保守党・労働党の二大政党に次ぐ第三勢力となっています。
また、2016年にイギリスがEUから独立をするかどうかを問う国民投票がありました(ブレグジット、Brexit)。そのとき、イギリス全体としてはEUからの離脱を支持する票が多数だったのですが(52%)、スコットランドではすべての選挙区でEUからの離脱に反対する票が多数を占めました。
イギリス全体(特にイングランド)とスコットランドは、自分たちの国が将来どうなっていきたいかというヴィジョンが大きく異なっているのです。
(個人的にはそう遠くない将来もう一度国民投票が行われるのではと予想しています。おそらく2050年までにはスコットランドは独立しているのではないかな。。)
これまでのイギリスの歴史は「統合」の歴史(イングランドにウェールズ、スコットランド、アイルランドがくっついてくる歴史)だったのに対し、これからのイギリスの歴史は「分離」の歴史(イングランドからウェールズ、スコットランド、北アイルランドが離れていく歴史)となるかもしれません。
イングランドからウェールズ、スコットランド、北アイルランドが離れた場合、「イギリス」という名称はもはや古代ローマやソ連のようにかつて存在した国の名前を意味するものにすぎなくなるでしょう。
あるいは、そのときに、「イギリスはイングランドのことを意味する」という理解の仕方が正しいと考えられるようになるのかもしれません。
まとめ
本記事では以下のことを述べてきました。
- イギリス=イングランド、ではない。イギリスはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという4つの国からなる。
- 4つの国はそれぞれ独自の制度や文化をもっている。
- 将来的にイングランドからウェールズ、スコットランド、北アイルランドが分離していく可能性はゼロではない。その分離が完了したとき、「イギリスはイングランドである」という発言は間違いではなくなるかも。
このようなことをちょっとでも知っておくとイギリスの歴史と今を考えるときに少し楽しくなります。
英語で話している相手がイギリス人なら小ネタに挟んでみてもよいですね。
ブログ主のプロフィール:
大学で英語とイギリス文化を教えています。イギリスに5年間留学して博士になりました。本ブログでは、主に英語学習とイギリスの歴史や文化について記事を書いています。
Twitter: https://twitter.com/camp_hakase